
マングローブ(出所:イノカ)
環境ベンチャー企業のイノカ(東京都港区)は10月12日、IoT・AI技術を活用し、任意の生態系を水槽内に再現する「環境移送技術」を用いて、ブルーカーボン生態系としても注目が集まるマングローブ林を移送し、都市部でのマングローブ研究・保全を加速するプロジェクトを開始したと発表した。
マングローブの森を再現し、ネイチャーポジティブを再現
この「ブルーフォレストプロジェクト」では、サンゴを人工的に産卵させることに成功した高度な水環境の再現を実現する環境構築技術(=環境移送技術)を活用することで、商業施設などへの「マングローブビオトープ」の設置、マングローブの新たな活用方法の研究や検討を行う「海洋治験」、マングローブの生態について学べるプログラム「マングローブラボ」の3つのサービスを提供する。
地球上の生物が排出するCO2の約30%を吸収するブルーカーボン生態系、その象徴であるマングローブ林の価値を普及啓蒙し、過剰な伐採や開発により急激に面積を減らすマングローブの保全につなげていくことを目的としている。
マングローブ林保全のための3つのサービス
3つのサービスの概要は以下の通り。
マングローブビオトープ
企業のエントランスや商業施設・個人の自宅などにマングローブ生態系を再現(環境移送)したビオトープの設置を行う。サービスの提供に際しては、(1)事業者ごとにヒアリングと要件定義を行い、(2)水槽内に再現可能な環境(モデル環境)を提案し、(3)水槽を設置する。(1)、(2)は無料で行う。
マングローブ海洋治験
ネイチャーポジティブの実践に関心のある企業に、マングローブ生態系への影響評価やマングローブの新たな活用方法の研究・検討を行う「海洋治験」の場を提供する。
「環境移送技術」を応用し、マングローブ生態系を水槽内閉鎖環境に高度に再現・モニタリングすることで、従来では実現できなかったマングローブ生態系の「見える化」を行うことができる。今後は、課題ごとにカスタマイズした手法による解析、専門家チームによる課題解決に向けたアドバイザリーを提供していく。
企業が持つ技術や製品、製造過程で生まれる副産物といったアセットを活用し、マングローブの成長促進作用の検証・マングローブ林保全にむけた水質改善効果の実証などの調査研究・実験を実施することができる。
サービスの提供に際しては、事業者ごとに課題のヒアリングと要件定義を行い、水槽内に再現可能な環境(モデル環境)を提案する。さらに、専門家ネットワークから、適切な解析手法を提案し、イノカ・ラボにてモデル環境構築と解析・報告書を作成する。

海洋治験のイメージ(出所:イノカ)
マングローブラボ
マングローブの生態について学べる環境エデュテインメントプログラム「マングローブラボ」を提供する。
実際のマングローブ生態系を目の前に持ってくることで、マングローブに直接触れたり、マングローブ林で暮らす生き物の特徴を楽しみながら学ぶことができる。商業施設の販促イベント×SDGsイベントとして1日単位での提供も可能。また、マングローブ生態系の魅力や面白さを伝えるマングローブラボの提携校・提携商業施設を募集する。

マングローブラボのイメージ(出所:イノカ)
AI技術で海を見える化する「環境移送技術」
イノカは「人と自然が共生する世界をつくる」ことをビジョンに掲げ、国内有数のサンゴ飼育技術を持つアクアリスト(水棲生物の飼育者)と、東京大学でAI研究を行っていたエンジニアがタッグを組み、2019年に創業したベンチャー企業だ。
「海の見える化」をミッションに掲げ、飼育研究を行う人々の力と、IoT・AI技術を組み合わせることで、任意の生態系を水槽内に再現する「環境移送技術」の研究開発を推進している。2022年2月には、時期をずらしたサンゴの人工産卵に世界で初めて成功している。
環境移送技術とは、天然海水を使わず、水質(30以上の微量元素の溶存濃度)をはじめ、水温・水流・照明環境・微生物を含んだ様々な生物の関係性など、多岐に渡るパラメーターのバランスを取りながら、自社で開発したIoTデバイスを用いて、任意の生態系を水槽内に再現するイノカ独自の技術をいう。

海の環境を再現した水槽(出所:イノカ)
今回、イノカは、水棲生物飼育者の五十嵐 琢人氏の加入により、本格的なマングローブ生態系の環境再現が可能となり、イノカの環境移送技術と組み合わせることでマングローブの生態系の再現とデータ取得ができるようになった。これがブルーフォレストプロジェクトの立ち上げのきっかけとなった。自宅を改造し、マングローブやアマモ場の生態系環境を構築していた五十嵐氏は、イノカが2月に開催した、水棲生物飼育者を対象とした「第1回 INNOVATE AQUARIUM AWARD」で、最優秀賞を受賞し、その後イノカにジョインした。
マングローブ林は森林消失の3~5倍の早さで消失
イノカは、今回のプロジェクトを開始した背景について以下のように説明している。ここ数十年間のマングローブ林の消失は住宅や工場、水産養殖、農地への転換などによる人間の経済活動によって急激に面積を減らしつつあり、その面積の約1%が毎年失われていると報告されている。これは世界の森林消失の3倍から5倍の早さとなっている。さらに、マングローブは地球温暖化による海面上昇などの原因でも影響を受けている。
マングローブ林がなくなると、森林資源や水産資源に依存している沿岸地域の人々の生活に大きな打撃を与え、野生動物の生息場所や餌場が失われるだけではなく、大量のCO2が大気中に放出されることになる。